2008年1月11日金曜日

体力オンチ

なんだかなつメロの話を書いたら私の体力オンチ(こんな言葉あるのか?)の事も書きたくなった。




私は小学校低学年の頃はでぶだったので通信簿の体育は3年生位までは”2”であった。
ところが小学校の高学年になって、オリンピックとかで体操選手が活躍していたこともあって、器械運動に凝り出した。最初は鉄棒。とにかく毎日学校が終わると鉄棒にぶら下がって”けあがり”の練習をしていた。おかげで手の皮はべろべろに剥けて赤チンだらけだった。
また家の部屋に布団を何段も重ねてバク転の練習にも熱中した。最終的には出来る様になったが、家族は家が壊れるのではないかと心配していた(オレの心配はしないのか?)。
おかげで体育の成績は徐々に上がり6年生ではようやく”5”が付いた。

持久系はどうだったかって?からっきしだめでしたねぇ。
部活動の合宿で毎朝学校の前から大宮の氷川神社まで往復したが、常にしんがりを勤めていた。はっきり言って持久系の運動には全く自身がなかった。
そんだけど学校の行事で強歩大会(競歩ではないことに注意!)というのがあって20Kmとか35Kmとか歩く(走っちゃいけないというルールだった。先頭はみんな走っていたけど)のはわくわくする程楽しみだった。まったく変な奴だった。
えっ?本職の部活の方はどうだったかって?顧問の先生に怒られている記憶ばっかしですよぉ。

大学でオリエンテーリングを始めたのも”山を走る”という言葉に興味をもったためだ。同好会だったので体力トレは個人の自由だったし。でもトレが習慣付くのは3年の後期以降ですねぇ。
一日4Km程度不定期に走ったくらいで、クラブ内では体力がある方だと思っていたのはなんともまぬけでしたねぇ。外部の人の話を聞いたり読んだりしていたら全然たんないと愕然としましたねぇ。
でも苦しいトレはやっぱりしたくなかったのでもっぱらLSDがベースでした。お陰で基本的なスタミナがついて卒業後の活動のベースが作れました。
(話にオチがありませんでしたねぇ。すんません)

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