どうも迷ティアです
以前から気になっていた小野路・小山田緑地を走ってきました。
こんな(わりと)近くに良いトレイルがあるではないですか!と目からウロコの気分でした。
ここの存在を聞いたのは、確か石神井のロゲの後の打上げでの話の中で「黒川の先のトレイルに良く行っています」と誰かから聞きました。
当初はこれは「よこやまの道」だと思い込んでいたのですが、いろいろと調べると小野路周辺に良いトレイルがある事を知りました。
実際行って見ると、まるでオリエンテーリングをやっているような感覚になる里山トレイルが沢山あるではないですか!
風景も飯能・青梅や千葉の山武あたりの風景に似ているような気がしました。
山岳トレイルまでいかなくても十分楽しめます。しばらくここへ通う事になりそうです(笑)。
2015年10月26日月曜日
2015年10月12日月曜日
20151011
世間で言う3連休はどこ吹く風・・・休みは今日だけなのです。しかも朝から雨・・・
でもお昼くらいに雨が止んだので走りに行きました。
南大沢から走り始めて戦車道路へ

雨が降った後だからでしょうか、ものすごく気持いいです。何だか葉っぱや地面からプラスのイオンでも出ている感じです。
本日の寄り道は多摩中央公園
何とスポーツ博覧会という事でオリエンテーリングの体験会をやっていました。やっているのは日頃お世話になっている都のオリエンテーリング協会です。
こんな感じです


今回はなんとニューマップ!しかも多摩市(だったかな?)からお願いされてやっているとの事。
つまり、普通公園で大会などをやるときは公園に届けをだしていろいろと交渉しなければなりませんが、今回はそれが無くて済んだとの事です。へぇ〜!
顔を出した手前少々取材をさせていただきました(用はカメラマンです)。
意外と子供たちが楽しそうに回っていたのが印象的でした。
こんな感じで1時間程度居て、また走りに戻りました。
若葉台まで6Km程度なのに足が重くて重くて・・・
駅に着いたらくたくたでした。
それでも、なんだか心地の良い休日を過せた気分でした。
でもお昼くらいに雨が止んだので走りに行きました。
南大沢から走り始めて戦車道路へ
雨が降った後だからでしょうか、ものすごく気持いいです。何だか葉っぱや地面からプラスのイオンでも出ている感じです。
本日の寄り道は多摩中央公園
何とスポーツ博覧会という事でオリエンテーリングの体験会をやっていました。やっているのは日頃お世話になっている都のオリエンテーリング協会です。
こんな感じです
今回はなんとニューマップ!しかも多摩市(だったかな?)からお願いされてやっているとの事。
つまり、普通公園で大会などをやるときは公園に届けをだしていろいろと交渉しなければなりませんが、今回はそれが無くて済んだとの事です。へぇ〜!
顔を出した手前少々取材をさせていただきました(用はカメラマンです)。
意外と子供たちが楽しそうに回っていたのが印象的でした。
こんな感じで1時間程度居て、また走りに戻りました。
若葉台まで6Km程度なのに足が重くて重くて・・・
駅に着いたらくたくたでした。
それでも、なんだか心地の良い休日を過せた気分でした。
2015年10月9日金曜日
走れ!ミキ
朝懐かしい名前が飛び込んで来たと思ったら、とても残念なニュースでした。
女子マラソンの草分け的存在だったゴーマン美智子さんが亡くなったそうです。
彼女の著書「走れ!ミキ」を読んだのは、確か自分が20代前半の頃だったと思います。
それまで運動とは無縁の生活をしていたのに、健康のため薦められて30歳を過ぎてから走り始めた。やがてアメリカの2大マラソンで優勝してしまう。
こんな事を読みながら、自分も30歳になっても走り続けるんだと心から思いました。今でこそ珍しくありませんが、当時は30歳といえば「引退」の年代だったのです。
それはそもかく、ゴーマン美智子さんが走り始めた頃のアメリカでは、女性がマラソンを走るなんてとんでもない!という時期でした。もしマラソンレースで走っている女性がいたら走るのを妨害されたりレースを止めさせられるような時代だったそうです。そんな中走り始め世界的な名ランナーになって行く。
彼女の走る姿は見た事はありませんが、一度くらい本物の走り姿を見たかったです。
心からご冥福をお祈りします。
女子マラソンの草分け的存在だったゴーマン美智子さんが亡くなったそうです。
彼女の著書「走れ!ミキ」を読んだのは、確か自分が20代前半の頃だったと思います。
それまで運動とは無縁の生活をしていたのに、健康のため薦められて30歳を過ぎてから走り始めた。やがてアメリカの2大マラソンで優勝してしまう。
こんな事を読みながら、自分も30歳になっても走り続けるんだと心から思いました。今でこそ珍しくありませんが、当時は30歳といえば「引退」の年代だったのです。
それはそもかく、ゴーマン美智子さんが走り始めた頃のアメリカでは、女性がマラソンを走るなんてとんでもない!という時期でした。もしマラソンレースで走っている女性がいたら走るのを妨害されたりレースを止めさせられるような時代だったそうです。そんな中走り始め世界的な名ランナーになって行く。
彼女の走る姿は見た事はありませんが、一度くらい本物の走り姿を見たかったです。
心からご冥福をお祈りします。
2015年10月6日火曜日
再び唐木田へ
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